ふりむくわけにはいかないぜ

全体的にマルヤスびいき

進んで、迷って、立ち止まる時

人生、好きな人たちがいるのは楽しい。

私にとっては関ジャニです。

 

私は、彼らのことを「私たちと変わらない、本当に生きている人間なんだなぁ」って思うのが好きです。

テレビやライブでキラキラ輝いてる所も好きだけれど、メイキングやコメンタリー(も素ではないだろうけど)での私服のレッスン着や、がつがつごはん食べてたり、全然おしゃれじゃないただのヒゲが伸びてたりだとか、休憩室みたいなところで素でスマホいじってるその手の動きや目線や体勢から出まくる普段感とか、聞いたことないような本当にイラっとした声が聞けたりとか。

そういうの面白いし共感するし、あぁみんなおんなじようなモン持ってんだなと思う。

 

 

ずっと涙が出ない代わりに、思ってる事を書こうと思う。

もうすばるを淋しがっちゃだめですか。7人の時の話はタブーなんですか。んなこたぁないよ!好きな事書きたいし。

7人の時のクロニクルとかジャニ勉とか動画でまぁ、観ますわね。すばるはやっぱりおっもしろい。特にその場のスパイスになってる時がたまらなく好き。ハバネロ、唐辛子のように。あの美しすぎる顔でブッ刺す辛い一言は彼にしか出せない。

イケメンカメラ目線で審査員の大久保さんに暴言吐いたり、いきなりドッジで泣きながらゲッツする亮ちゃんにみんなが笑う中、一切の情けもかけず無表情で刺すように見つめていたり、丸ちゃんの取っ散らかったボケをひっくい一言で片付けたり、ファボられでの大倉との暴走…本人の性質や存在感が多大にあるだろうけれど、年上ってのは単純に大きいんだろうなと思う今日この頃。

 

曲だって、過去の曲を悲しい曲にしなくていいんです。歌詞を聴いて彼のことを言ってるみたいだとたくさん思ってしまったけど、そんなことは無い。

 

私は年下組のノスタルジアを最近またリピートしています。この曲、淋しいから好き。年下4人の持つ淋しさ。好きな部分は、「変わってゆくってわかってた、気づかぬふりで走った」って所。人生、そういう場面に割と出くわす。気づかぬふりをする時って意外とある。わかってたけど、どうしようも出来なくて、気づかぬふりをしていた。生々しい感情だよね。

 

あとは、逃れられないメビウス。これ本当にもう、何とも言えない、エイトを深く知っている方が作った詞だなぁと。私自身がエイトを深くは知らないのだけど。作詞の田中秀典さんの意図とは違うかもしれないけど、逃れられないメビウス…綺麗なだけじゃない見事な表現だなぁと思った。

メビウス。今回のすばるが抜ける事とは関係なしに7人とも、あなたたち自身から逃れたいと思った事がきっとあったでしょうね。"逃れられない"って絶妙。8通りの、7通りの、6通りの考えを持って皆今を生きているんだ。

 

やっぱりこの歌詞が一番好き。"進んで、迷って、立ち止まる時、君の「声」が道標になる。" 

君の「言葉」じゃなくて君の「声」なんだぁ、言葉よりももっと感覚的なものが道標だなんて、やっぱり近い存在、三馬鹿のことかなぁ。丸ちゃんとヤスと亮ちゃんと大倉にとって、ヨコとすばるとヒナちゃんはやっぱり道標なんだろうなぁと最初の頃思っていた。

それは今も変わらず思う。

 

 

でも、そんな彼はもういないってことが現実で、毎日は進んでいくわけで。目の前の仕事に追われて、みんな日々の暮らしをして。

人生、つらいことって、想像できない角度から来ることが多い。

他人のつらいことって、なかなかわからない。こんなに上手くいかないのは自分だけじゃないかって思ってしまうけど、見せないだけで、自分の家族や友達や同僚、みんなもきっとつらくて悲しくて苦しい思い沢山して、きっといっぱい泣いてきた。

関ジャニは形が変わってしまったけど、これからも応援したいと思えるのは、7人ともつらいことを沢山抱えてきた姿をリアルにいっぱい見せてくれたからかな。勝手に、人生一緒に戦ってる感。まぁそらもちろん、友達や知り合いではないけれど。同世代だからかな。

悲しさとさみしさが多くを占めた4か月だったけど、ひとりいなくなるくらいで大袈裟だなーと思う自分もずっといたし、すばるはやりたいことを叶えるために退社するのに、どうしてつらい顔ばっかりしなきゃいけないんだろうって思う自分も時々いた。

過去はすっごく楽しかったけど、いま生きてる自分たちはこれからを進んでいくんだから、淋しくてもこれから先のことを考えたいな私は!